1・17


26年前。

1995年1月17日。

阪神淡路大震災が発生した日です。


私は大学生の時に、進学で実家を離れ生活していた神戸市内で被災しました。

今ここにいるのは奇跡、といえるかもしれません。

そう思えるほどの惨状を目の当たりにしました。


震災から16年後に初めて追悼のつどいに行きました。

発生時間の午前5時46分に黙祷が捧げられます。

神戸市内に親戚もなく、亡くなった知人がいたわけではないのですが、

この震災のことがメディアで話題になっているのを見るたび心はひどく揺さぶらました。

また大学卒業後は神戸を離れ、手を合わせる機会をもたなかったことも心に引っかかっていました。


会場入り口で一本のろうそくを渡されました。

初めての参加だったので何だろう?と思いましたが、

すぐにその意味を理解しました。


会場内には亡くなった方と同じ数の竹灯籠が並べられています。

その竹灯籠の火が消えてしまうことがあるので、

お隣から火をもらって、また灯す為です。


亡くなった方の命を再び消してはいけないと灯し続けようとするかのようでした。

火が消えても消えても、また誰かが

誰かの命の為に灯し続ける。


私にはそのように感じられました。


この会場へ向かう人が、

誰かと共にいても話すことなく、

一人で向かう人も、うつむき加減なのは

その時の気温が氷点下だったからだけではないことを知ったのは、

黙祷の時でした。

あちらこちらから、すすり泣く声が聞こえました。

16年経っても、震災で誰かを失った悲しみを

忘れることはできなかったり、

まるで昨日のように思い出したりと

震災は続いていく痛みのようなものを感じました。

私自身も苦しいような悲しいような気持ちが溢れてきたのを今でも覚えています。

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